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結婚を邪魔している要因は毒親!・隠れ毒親との壮絶な体験談

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子供を支配する毒親

毒親とは子にネガティブな価値観を植え付け続け、子の人生をコントロールする親を言います。この記事では「分かりやすい毒親である父親」と「分かりずらい毒親だった母親」を持ったご相談者様(仮名・優子さん)の婚活体験談を「毒親を持った子である婚活中の男女」に向けてお送りしたいと思います。

世の中に毒親と呼ばれる言葉が知られるようになり、「自分の親は毒親だったのかもしれない」と気付くアラサー・アラフォー・アラフィフ世代が多くなっているようなのですが、思うように婚活がうまく行かない独身者は多いのではないでしょうか。

ここでの毒親を持つ子の婚活体験談は、もがき苦しんで様々な対策を実行した末ようやく心から信頼できる相手と出会えた女性の婚活体験談の序章ですので、一人で悩まずにまずはここでヒントを持ち帰っていただけたらと思います。

毒親が要因・障害となって結婚できない理由

毒親を持つ優子さん(仮名)は大学を卒業後、金融機関の営業職で華々しい功績を上げ続けて10年間勤務、過労の末療養期間を経て自らの病気に向きあい、現在経営者として活躍しています。優子さんは類を見ないほどのデキる女性で、明るく人当たりもよくポジティブ、”絵に描いたような完璧な女性”なのですが、結婚できないという悩みがありました。

自分の足と頭で自力で業績を上げる営業マンに成長した優子さんは20代半ばで年収1200万円ほど、日頃目にする男性達に物足りなさを感じてしまっていました。30代半ばまではそれまでの略歴が人格を形成し、「なんでも自分で出来て『男性達が出る幕がないと思うような女性』」になってしまっていると自覚していたので結婚できないのではないかと思っていたようです。

しかし、優子さんが結婚できなかった要因は「毒親の影響」というもっと深いところにあります。幼少から両親が面前でケンカしてみじめな思いをする母親を見て育ち、「男性に左右されない人生を送れる人間になろう」と過剰なほどに意識した生きてきた結果が少し前までの彼女。毒親の影響で異性との関係が上手く行かない・周りの男性が男勝りな自分に尻ごみする・といった経験を繰り返し・恋愛恐怖症だった、これが優子さんが結婚できなかった理由です。

ここでご紹介する優子さんの婚活体験談では「毒親は結婚できない原因ではなく、飽くまで結果的にその状況をつくってしまった要因」に過ぎない位置付けにしています。この問題は親のせいだとしたところで婚活がうまく行くわけではないからです。大人になって毒親がおかしいと気付き始めたアラサー・アラフォー・アラフィフにとって重要なのは、そこからどう這い上がるかだけです。

毒親に育てられると結婚したくなくなる理由を生い立ちから読み解く

はじめに優子さんの生い立ちから20代を総括して、毒親を持つと結婚したいと思えなくなる理由を挙げるならば…

優子さんが毒親を持って結婚したいと思えなくなった理由
  1. 結婚よりも親を守るのが優先(親の愛情を受け取るために我慢し続けたインナーチャイルド)
  2. 両親の仲が悪く男性に良いイメージを持てない、交際自体メリットを感じられない
  3. 常に人生に不安が付きまとい、その保証確保に過労になるまで仕事を激化させた(女性としての幸せよりも安定を構築するほうが先)

優子さんが結婚に価値を置けないでいる一方、限界まで仕事をして生きている感覚を味わおうとしていたのは「実は隠れ毒親だった母親に褒めてもらいたい」という思いが隠れていたのです。

①「毒親の子」が出来上がるまで:結婚よりも母親を守るほうが優先

優子さんの父親は大手企業の支店長を歴任し、会社でどうにもならないストレスを母親に向けて言葉の暴力として発散していました。幸い暴力によるDVは一切ありません。

優子さんは3~4歳という物心ついたばかりの幼少のとき、両親のケンカを見て胸が張り裂けるような悲しさを感じては「どうやったら両親は仲良くしてくれるんだろう?」と思っていました。自分が物分かり良く利口であれば両親はケンカしないでくれるだろうと感覚的にわかってしまい、その年齢で「親を困らせない・悲しい顔をしない」といった”子供とは言えない子供”になってしまったのです。結局は”母親を守るために生まれてきた子供”と認識していたところが、絶句します。

子供なのに「悲しいという感情を親に受け止めてもらえない=言って問題が解決しないと知っている」、「自分よりも両親を優先する=自分が犠牲になれば事が済む=結婚は後回し」と毎日を送る異様さは、何も問題なく育った子供はおろかその親でさえ想像しがたいかもしれません。

②毒親から受ける異性関係への影響:男性にいいイメージを持てない

そんな子供を超えた感覚を持って育ったために、高校になるころにはなぜか同級生と話が合わず先生たちと話しているほうが打ち解けるような気がしていました。毒親と接していると自分が大人にならざるを得ないので、同級生が幼く見えてしまっていたようです。

大学時代は交際する彼がいたものの、親にどこか悪いことをしている罪悪感でいっぱいでした。当時の彼は留学する優子さんの渡航先にホワイトデーのクッキーをお手製で送るほど愛情深い男性でしたが、人の愛し方を知らないせいかどこか冷たい印象を与えてしまっていたようです。

社会人になり明るく美しく真面目で仕事ができるはつらつとした優子さんを周りが放っておくはずがなく、仕事で出会った男性達は交際を申し込んでは「そういう気になれない」という断わりを受けて撃沈していきました。一般的な恋愛こそすれど、心から安心したり笑ったりすることなかったそうです。男性と交際したって自分より格下だし、満足できない(心から安心できるわけじゃない)、すべての男性が幼く思えると思え、交際はおろか結婚自体「なんで皆あんなしたがるのか理解できない」という境地になっていました

優子さんは誰がどう見ても真面目な女性でした。仕事ができて美人・何でもできてしまい、真面目過ぎるがゆえに男性との交際の何が楽しいのか本当にわからなかったのです。

③毒親への「怒り」が精神疾患へと表れる:過労で倒れる

優子さんの仕事のタイムスケジュールは9時から夜の21時ころまで客先で営業、それから23時ころまで社内で書類作成やデータ処理などデスクワークなどをし、帰宅して就寝は夜中の1時頃、朝は5~6時には目覚めて出社とったように、毎日を休日問わず「仕事に全力をかける日々」でした。彼女にとって仕事以外に毒親から影響を受けた闇を忘れる方法はなかったのです。

毒親から影響を受けた闇を忘れるかのように馬車馬の如く仕事魔になっていった優子さんは20代後半で会社から過労認定をされます(裁判で労災認定されたわけではありません)。優子さんはもちろんなぜそのような状況に陥ったのかを知りもしませんでした。父親から母親を守る立場上からも”母親が家族の中で一番大切な人”だったので何の疑いもなく母親と同居して精神的なサポートを続け、過労で倒れながらも”母親は自分が守る人という責任感”を失うことはありませんでした。

自分自身も他人も何もかも信じられないという精神不安、他人が悪口を言っているように思える神経性障害、不眠、重度の摂食障害になってエネルギーが枯渇した骨と皮のような体と無月経症状…どこからどう体を治せばいいのかわからないほどメチャクチャになった健康状態で、会社を4年以上休むことになります。29歳から会社を4年間休み、病気の療養で恋愛などする状態ではなくなく、彼女は次に何をするかを考えながら静かに暮らしていたそうです。

毒親に自由を奪われて支配された子供は、優子さんのような精神疾患の他、アルコールのような依存症、コミュニケーション障害、問題行動などを起こしやすくなると言います。これは毒親の愛情を受け取るためにいい子でいた子供が『怒り』を表現している表れ以外の何物でもないそうです。

毒親との毒々しいエピソード

完璧な家庭などありませんし、絵にかいたような幸せな家庭があるとしたらアニメや映画やドラマのなかのフィクションでしかないのでしょう。どこの家庭にも多少は異常な所があるという前提で優子さんが今になって気付いた両親との異常な関係性を「毒親から受け取った毒々しい言葉」を元に挙げてみようと思います。

【学業に関して】
  • 中学時代に学校に行くのが嫌になったと告げたところ母親から「今までどれだけあなたにお金をかけたと思っているのよ」と言われて強制的に登校させられる。
  • 第一志望の大学受験が叶わず、父親から「落ちやがって」と唾を吐かれた。
  • ヨーロッパに留学しに行ったあと、名古屋の友人に会いに行ったら父親から「遊び過ぎはやめろ」と言われた。留学費も名古屋までの渡航費もバイトによるもので、他の大学生などはもっと遊び呆けるのが普通。
  • ヨーロッパ留学に対して母親から「外国かぶれ」だと揶揄される。が、優子さんは現在堪能な英語を元に仕事をしているほど体験が有益だった。※子供が努力していることほど毒親はバカにする傾向がある
【異性関係】
  • 大学の卒業旅行で当時の彼と泊りがけのスキーに出かけようとしたら母親から「性行為禁止・そんな場所に行くのは許さない。」と言われる。
  • 20代後半、30代前半で交際した数少ない彼に対して母親から「やめときなさいあんな男性、苦労するわよ。」と言われる。
  • 34歳で初めて彼氏宅に宿泊した時に、母親は子供が会社(優子さんの経営する社屋)で倒れていると思い込んで消防局員に窓を破壊させて救出に向かわせた。※電力会社や警察員を含めると総勢9名を巻き込む
【家庭内での出来事】
  • 父親と母親は20年間以上子供の前でケンカをする公開DVを行っていた
  • 13歳で初潮になったときにどうすればいいのか分からない優子さんに対し、母親が「下着見たわよ。洗濯物に混ぜないで自分で洗いなさいよ!」と一喝した。
  • 毒親との関係性が心身に闇を落とし摂食障害になり、高校生で無月経症になった時に母親が「婦人科に行こうが私のせいじゃない。勝手に行けばいい。自業自得なんだから私は一切助けない。」と罵倒。
  • ゆったりリラックスしたことがなく、ソファーに横になった経験がない
  • 愛犬と遊んでいると母親が「犬をおもちゃにしている」と揶揄。
  • 仕事で忙しいのを分かっていながら母親は「家のことを何にもしてない!それでも女なの?恥ずかしくないの?」と何度も罵声を浴びせる。

父親は母親に対し精神的なDVを与える分かりやすい毒親です。外ツラがよい社会人・不出来な父親にもかかわらず子供に高いレベルを要求する・気分屋で雷のような・未熟な大人としての人格がそれぞれバラバラという多重人格をなしており、優子さんは3~4歳の段階で見抜いてそれぞれに対してコミュニケーションの仕方を変えていました。彼女の類まれな営業のセンスや折衝能力は父親のそうしたパーソナリティを見抜く感覚からするとお手の物だったのかもしれません。

一方母親は非常に分かりにくい毒親で、父親よりも極めて悪質です。まるで優子さんと姉妹のように振る舞っていましたが、根では子供の幸せを願っていないのが上の言葉から伺い知れます。もちろん優子さんの母親は子供のためを思って生きていたつもりでしたが、結果夫以上に優子さんの人生から自由を奪っていた点に全く気付いていませんでした。優子さんが今になって気付いた「毒親から受け取った毒々しい言葉」を決定的な修羅場でご紹介したいと思います。

わかりずらい毒親である母親との修羅場

37歳になった優子さんは男性も顔負けしてしまうほど強く能力のある女性経営者として着々と事業を拡大するまで病気を回復させました。

この時期に「母親と離婚してからは死んだものとして音信不通にしていた父親の消息」を公的機関から「死亡通知」という形で知らされます。優子さんは10年ぶりに「死去という形で父親の消息」を知らされ、頭の中がぐじゃぐじゃに混乱・吐き気を伴う気持ち悪さを覚えたそうです。

優子さんは複雑な思いで頭が混乱し、北海道の大学へ入学・企業へ就職した兄に全てを依頼します。優子さんの兄は長男として父親の葬儀や墓地の管理などをこれからどうするかを母親に提案してくれたそうです。

優子さんと兄の行動を比較し、母親は「偉い違いね。子供は親を葬る義務があるのよ?!それでいいと思ってるの?仕事ばかりしていい加減にしなさい!」と罵倒したそうです。優子さんは何とも言えない気持ち悪さを言葉で説明しきれず無言のままにしていると…

毒親である母

あなたって父親そっくりね。

という言葉を何度も言われたそうです。
母親は「子供なんだから父親の火葬の義務がある。」と父親を擁護する立場を示す一方、上の言葉の中では「父親も娘も気に食わない。」という意味が込められており、結局誰にどうしてほしいのか、どうなったら不満を述べずに済むのかが自分でわからないという現実を露呈してしまっています。

結局多くの毒親は自分の人生を生きるのが辛い、かつ自分に向き合うのが辛く、子供に依存して現実逃避しようとすると言います。
優子さんの母親の場合は夫から飛んでくる言葉の暴力に堪えていたのは確かです。彼女の話を聞いていると、夫の言葉の暴力が直接娘に及ばないように最低限の配慮はしていたものの、母親自分自身の精神的な脆さ(依存性)が”娘を長期間にわたり蝕んで”いたように思えます。母親自身その精神的な脆さと、娘に向けられていた精神的な歪みを自覚していません。
結局家族の中で依存の対象となるのは娘に限られていたからでしょう(息子は実家を出ているので)。

考えてみれば、優子さんはこの修羅場だけでなくそれまでも何度か同じ言葉を母親から聞かされていました。優子さんは思ったそうです。

母親は娘が『母親を父親から守る』と生きてきた健気さを知らないはずがない。だとしたら、母親が自分に浴びせた「父親そっくり」という言葉は子供の人生を出生(母親を守るために生まれてきたと自覚する人生)から覆すほどの矛盾だ。

と。

彼女は存在価値をかけて言葉で言い尽くせないほどの哀しみと虚しさを味わったそうです。
母親は自分を守ろうとしてくれる娘に甘んじ、出来の良い娘と姉妹のような関係性でいる自分を心地よく演じていました。長期に渡って毒を吐き続け、結果的に無価値観を突き付けて娘を精神的な闇へ突き落としました。これが「わかりやすい毒親よりもタチの悪い『分かりにくい毒親』」の現実です。

毒親から逃げて絶縁・一人暮らし

優子さんは当時自分の経歴や人格が男性が尻込みしてしまうほどのレベルだとある程度自覚していたので、あまり多くを期待せずに漠然と「結婚できたらいいなあ」と思いながら毎日過ごしていました。

父親の死を前後に彼女はある大学教授と出会い、男女の仲として交際がスタートします。母親と同居する優子さんに疑問を持った大学教授の彼は「大人として親から離れたほうがいい。一人暮らししたほうがいい。」と繰り返し優子さんを説得したそうです。優子さんは結婚するまでは実家を出る必要性を感じなかったので半分聞き流していたのですが…父親の死で母親から突き付けられた「存在価値を失わせるほどの修羅場」を機に、実家を出て一人暮らしする決心をします。

彼である大学教授は複数の女性と交友関係を持つ希有の遊び人で嫌な思いもしたそうですが、優子さんはこれをきっかけに「わかりにくい毒親である母から逃げられた」と実感したそうです。

優子さんは母親に

「今までお世話になりました。私があなたから最後に聞いた言葉は一生忘れることはありません。もう二度とあなたと一緒に暮らすことはないということがあなたに対する答えです。」

*

とメールを送って絶縁をしたそうです。

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